FC2ブログ

絵手紙とつぶやきと Ⅱ

私の生き方こんなもん。 何でもありです 。好きも嫌いも全部ひっくるめて綴ります
011234567891011121314151617181920212223242526272803
月別アーカイブ  【 2017年02月 】 

これ、、、何?





答えは




豊島に不法投棄された産廃の一部



23日の木曜日、豊島ミドルエイジの会は
豊島の産廃現場を研修視察しました

もちろん、島内の人は既に行った人もいるはず
私は、土曜日お弁当配達で 事務所には行くけれど
この目でじっくりと見たことはありません
で、、、、Yさんが企画してくれました
総勢20名ほど
送迎は 事務局がマイクロバスを用意してくれました

豊島の産廃は、豊島が出した物ではないんですよ
摘発したのは 兵庫県警です
香川県警ではありません

詳しい経緯は長くなるのですが、、、
野焼きが行われるまでは この島の学校は健康優良校として
全国から視察に来たそうです
野焼きによって、健康被害が出はじめ ぜんそくの子どもが多発したとか
洗濯物は一日干しただけで変色し、ついた臭いは強烈だったそうです

その後、住民が立ちあがって、差し止めへの道を進み始めましたが
それはそれは苦難の道で、、、けんもほろろの香川県
話は総理府にまで行きました
住民が辿りついた先は、、、弁護士の中坊公平氏
それから話は進み始めたようです

豊島の産廃問題が発端となって リサイクル法ができたとのこと

昭和50年代後半に始まった不法投棄
この3月末で 一応島からの撤去は終了しますが
それは豊島から産廃が出て行くだけの話で、中間処理をしている直島では
まだまだ処理事業が続きます

案内してくれたAさんの最後の言葉

産廃を積んだタンカーが 豊島の産廃桟橋を出る時には
みんなで拍手をもって送りたい
だけど、まだ万歳はできない
本当の処理はまだまだ終わらないから


との言葉が印象的でした

島民がこぞって署名して立ちあがったものの
世帯主一覧表には 今では半数以上に黒の喪章がついていました

この問題は、私が島を出てからの話なので
詳しいことは知らないのですが
この写真は、不法投棄物の実物の一部を パネルのように切り取って
資料館の壁になっているものです
現場は、まるで遺跡発掘現場のように穴だらけです
遺跡のように浅い穴ではなく、数メートルも掘っています

全国各地から持ってきた産業廃棄物です
これによって、住民は長い間苦しめられてきました
悪の大元は、もちろん業者ですが
行政もここまで野放しにした責任は大きいです

3月末という調停を守るべく 今では土日も作業が進められています


現場は、水が浦といって、水の綺麗な場所だったそうです
今、この沖で漁をしている漁師さんもいますが 奇形の魚がよく獲れるそうです
かつては、肥料袋に難なく一杯獲れたアサリも、今ではほとんど獲れません

決して忘れてはならないこと
いつまでも産廃の島というレッテルに甘んじてるわけにはいかない
進んで行かないと。。
どちらも、ありです。。。かね。。。。

もっときっちりとしたことを書きたいけれど 私も受け売り
そして、簡単には書きつくせないこと


今日は、私にしてはちょっと重い内容です


スポンサーサイト



【 2017/02/25 (Sat) 】 未分類 | TB(0) | CM(6)